Club jannmu 2006

jannmuの選りすぐりの過去記事を掲載しています。他のサイトで過去に掲載したものです。

犬の お巡りさん

2007/05/16

犬の お巡りさん

まぁ、相手は無免許だし、訴えるつもりはないそうだし

 

なにより、顔が一点五倍くらいで済んでるから

 

これが一点七倍だと「傷害罪」だけど

 

今回は「暴行罪」

 

ケイサツ内部で処理しとくから

 

とりあえず「前科一般」ね    と

 

その、青い制服を着た「犬以下」がほざいた

 

 

 

 

 

 

 

投稿日 2007/05/16 Feel something |リンク用URL | コメント (3) | トラックバック (1)

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コメント

繰り返す 世間をなめんなよ

投稿 馬鹿 | 2007/05/16 23:45

繰り返す。 けーさつなめんなよ

投稿 馬鹿野郎! |

けーさつ なめんなよ!

投稿 馬鹿野郎! | 2007/05/16 23:22

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2016/10/04   jannmu
タグ:落書き

Deer Mr.John Joseph Nicholson

2008/04/04

この記事は当時オバマとヒラリーが大統領選で競っているときに、タイトルのハリウッド俳優のヒラリー支持のコメントに対して書いたものです。オバマもヒラリーも民主党。ヒラリーはオバマよりも共和党寄りで主張があやふやでぼやけたものでした。

Deer Mr.John Joseph Nicholson

 

言っとくぞ。

てめーだけは許さねえ!

てめーは本当は分かってるはずだ

分かっているにもかかわらず

遊びにしやがった、真剣な人々をコケにしてゲームに変えやがった。

もう、ひっくり返す準備は出来てるがな。

てめーなんぞカスは相手にしたくなかったが、

とにかく、てめーだきゃあ許さねえから覚えとけよ。

.

投稿日 2008/04/04 Feel something | リンク用URL | コメント (0) |トラックバック (0)

 

300x.jpg

 

当時アメリカ人が圧倒的に受け入れたオバマの政策とはなんだったのか(公約が果たせなかったことは、オバマの公約違反と市民の無関心お任せ民主主義を物語っている) 。

社会保障政策と軍事的安全保障政策は背反するものであり、公的国民皆保険は達成されず軍事予算とアメリカ国債ばかりが天文学的に増大している。

しかし誰も責任を取ってはいない。

もう忘れてしまったかのようだ。

 

実質責任を取らせる方法が、ヒラリーや共和党を選ばないことだろうことはそれほど難しく考える必要がない。名声や国民認知度などは市民の立場に立ってこそということと、情報による選挙がアメリカでは顕著であるという実証がなされたことを物語っているようだ。俳優としては好きだけど、政治的な考え方はどうも・・・そしてメディア側ではなく市民側に干された感じのようだ。

 

まるで世界的大スターツアーのような大統領選挙に興奮するアメリカ市民に、どうも違和感を感じてならない。市民側に冷静さを感じられない。日本の選挙もそういう方向に進むことが懸念される。

 

それにしても若い自分の文章・・・

 

 

 

 

 

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2016/06/24   jannmu

踊る

2007/07/14

踊る

 

 

踊る阿呆に見る阿呆

同じ阿呆なら

踊らにゃソンソン

 

やっぱ踊らなきゃなぁ・・・

 

 

 

投稿日 2007/07/14

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2016/06/12   jannmu
タグ:落書き

投稿

       2008 8/6 4:28
   
   投稿(これは昨年4月12日に東京新聞に投稿したものの写しです)
   
   私は元々メディアを信用していない。相手にしないつもりでいた。民衆に対する影響力の大きさに驕り、民主主義という綺麗ごとに隠れ、自らがどっぷりと浸かる資本主義の功罪について語ろうとしないからだ。

 

   しかし今日の文章の無責任さには我慢がならない、怒りさえ感じる。時代の価値観とは何ぞやという議論はここでは割愛するが、その価値観にそぐわなくなってきた法律が存在することは事実だろう。しかし巨額の遺産をめぐった裁判でガッツポーズをしたアメリカ人男性に「なにをか言わんや」と否定した価値観の根底には、貞操観念や性道徳といったものが少なからずあるはずだ。にもかかわらず無茶苦茶な論法でそれをも否定している自己矛盾。

 

   法相の発言に女性たちは総スカンというのは何を根拠に言っているのか。「愛人問題で辞任に追い込まれた主相だっていたのに・・・やたら道を説く」誰が書いたのやら、これこそなにをか言わんやだ。屁理屈にもならない幼稚園児の言い訳のような文字列を掲載することに問題意識を持て。

 

   逆に聞きたい、はっきりと物申す政治家、道を説ける政治家がいない政治、社会、国を想像してどう感じるかを。そして文末はスポンサーへのおべんちゃらで閉じている。こんなものに毎月金を払っている自分が情けなくなってくる。

 

   新聞の主観はもう結構だ、うんざりだ、社説も何も廃止して、せめて日々起こる事柄を書き手の主観も客観をも含めずただありのまま、読み手に判断を委ねる文章を書いてくれ。それができなきゃ天気予報とTV番組表だけでいい。    

   最後に、向井さんの代理出産は生まれた子供の国籍や戸籍がどうのという前に、もっと神聖な生命の誕生をどう考えるのかということをもっと議論しなければならないと思う。

   医学によって可能になったから、アメリカでは許されているから日本でもというわけにはいかない。日本には日本の長い歴史と文化があり、その上に日本人の価値観が存在するはずだからだ。時代とともに変わっていっていいものと、時代がどう変わろうと守っていかなければならない普遍的なものがあると思う。

 

   一部を除きマスコミは皆同情的だ。私も個人的には不妊に悩む夫婦や無戸籍に悩む親子たちに幸せになってもらいたいと願う一人だ。反面、人間の欲望のままに神(未知)の領域に安易に足を踏み入れてはならないとも思っている。正直今の私は答えを持っていない。だから皆で真剣に話し合いたい、議論したい。
  
  何も変わっていない。自分自身も原点に戻る意味で、内容は旬を過ぎているがもう一度掲載してみた。学の進歩に・・・

 

 

 

2016/06/22

旬を過ぎたと過去かいているが、これらの問題には決して旬はなく、あるいは人類が永遠に問いかけるべき問題なのかもしれない。

*訴える内容が変わらない程度に、若干の補足をしてあります。

 

 

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2007/08/06   jannmu

裏切り

2007/07/24

裏切り

 

そういう人たちの、もしかしたら期待だったり、善意だったり、親切だったりを

きっと裏切りつづけてきたんだな。

そうならないようにがんばってきたけど、結果としてこうなる。いつもこうなってしまう。

継続するということに対して、精神的に、肉体的に、欠けている。逃げている。凹んでいる。

自己批判したところで、その先にはなにもない。

勘違いして、ただ自惚れていただけなんだろうか。

なんだか何もかもがわからない。

現実と非現実との境が、わからない。

また沈んでくわけ

 

 

投稿日 2007/07/24 Feel something 2007/07/ コメント (3)トラックバック (0)

コメント

スゴイ・・・

投稿 凡人2号 2007/07/28 12:06

追われたわけじゃないけれど、多分勘違いして、逃げたんだ。

投稿 jannmu 2007/07/28 08:20

追われたの?逃げたの?

投稿 凡人2号 2007/07/28 02:05

 

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2007/07/24 うつな過去   jannmu
タグ:うつ状態

.................イザリ

.................イザリ

 

 

   イザリくーん

 

  「はーい!」

 

   イザリ君はさー、そう呼ばれて嫌じゃないの?

 

  「ぼくは見てそのまんま、イザリだからべつにいいけど」。

 

   でも、そう呼ばれるのが嫌な人もいるじゃない。

 

  「そういう人は、あるがままを受け入れられなくて自信がないんだよ。ぼくは呼ばれたら、はーいぼくがイザリでーす、って胸張って答えるのになぁ」。

 

   ふーん・・・

 

 

 

投稿日 2007/05/23 Feel something | リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

 

 

 

 

 

これを書いてから10年経った。

 

イザリな子を親が隠そうとしたりする深層心理というのはどういうことか。そういう親を見てそのイザリな子が自分の存在をどうとらえるのか。

 

イザリな親を子が恥ずかしいと思うとしたら、その深層心理というのはどういうことか。イザリな親はどうして胸を張ることができないのか。

 

それらの価値観はどこから植えつけられるのか。

 

差別用語とされる名詞などは、差別用語指定することで逆に差別意識を高めることになっていないだろうか。

差別用語指定するのは主に役所や学校ほか、忖度が好きな機関だ。(いったい誰を何を忖度しているのだろうか)

 

ここでいう「イザリ」とは、びっこ、つんぼ、おし、めくら、びっこ、かたわなど先天性後天性の関係なく、そういった人々の総称としての意味として書いた。

ちなみに私は背が低いことに加え更に手足が短いし、公的機関から精神障害(昔でいうと気違い)の認定を受けている。

 

「凸と凹」という記事にも書いているがまたの機会に。

 

 

姿かたちなど基本的に変えられないことに劣等感を持つことよりも、身の回りの変えられることに関心を持ち変えていくことが必要なのではと思います。

逆にイザリ以外の健常者の範疇にいる人々が敢えて容姿を変えようとするのは、実は同様の深層心理だということも付け加えておきたい。

 

整形手術や豊胸手術や入れ墨、性転換手術などですが、髪形や髭をはやしたりすることとはまったく別の次元なのだということも考える時代でしょう。

社会福祉もこういった議論から始めなくては意味が無いように思います。

いかがでしょうか。

 

*これは自由を制限しようとするものではなく、精神的作用とか深層心理面での考察です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2007/05/23   jannmu
タグ:自然

Dark blue

闇が僕を包んで溶かしてゆく

 僕は闇の重力に耐えきれず沈んでゆく

 とても深いところへ

 

 誰も闇に逆らうことはできない

 僕にできるのはキーを押すことくらい

 こんなときはいつもあのときを思い出す

 父が倒れたとき僕はすごく覚醒していた

 でも最後の言葉はあまりにも小さくて聞き取れなかった

 母が弟を連れて薬を飲んだとき僕は空へ高く飛んでいた

 だから気づかなかった

 悲しくはなかった

 

 父と母を殺そうとしたけれど死んだ人は殺せない

 それから僕は真夜中の公園と夜明け少し前の浜辺を

 ずっと

 いったりきたり

 とぼとぼと

 今は公園のベンチに座ってる

 立てないから

 

 こないだ浜辺に行ったとき灯台を見つけた

 灯台の灯りはこの公園からでも見えるから

 浜辺は意外と近いのか

 

 

 

投稿日 2006/11/17 | リンク用URL |

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2006/11/17   jannmu
タグ:うつ状態

初めての投稿

それは「命」についてでした。

一番大切なもの

 

 ブログの最初に何を書こうかとずいぶん迷ったけれど、これに決めました。

 

 「一番大切なもの」

 

 あなたにとってそれは何ですか?

 

 

先日、ニュースを見ているとこんな事件がありました。

ある家族が火事に遭った。

一旦は逃れた母親が取り残された我が子を救うため燃え盛る家の中に飛び込んで行った。

でも結果は、残念ながら母子ともに亡くなってしまった。

悲しくて、やるせない出来事。

 

 

当たり前のことを今更と思う方もいるかもしれない。

けれど僕にとって「一番大切なもの」

 それは「命」です。

金や宝石や高級ブランド品じゃなく「命」です。

 

 

でも、死を覚悟して火の中へ飛び込んで行った、母親の「命」についてどう考えればいいんだろう。

 

 

「命」同士が愛しあい、新しい「命」を授かることによって親と子が誕生する。

親は子の「命」が「一番大切なもの」になる。

 

 

 

 

 

 

*親も子と共に誕生するものなんですね。なので子と共に学ばなくてはならないと改めて思うのです。

現在親年齢21歳、子と同い年。

 

 

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2006/11/15   jannmu

なぜ?誰も言わないんだろう 

2006/11/15

なぜ?誰も言わないんだろう

 息子の小学校で配られたプリントに、「トイレピカピカ運動」というのを実施していると書かれていた。数年前から学校のトイレの使用状況が非常に悪いため、上級生が中心となって掃除や見回りをして、その活動結果を全校生徒の前で発表し、子供たちのトイレに対する意識を高めているのだそうだ。

 運動を始める前と比べると見違えるほど綺麗になったらしい。プリントにはそれ以上のことは書かれていなかった。

 

 悪いことじゃないと思った。でもどこか変に思えた。僕は改めて息子が用を足した後の家のトイレを確かめてみた。いつもと変わりなかった。

 全校生徒に配られたあのプリントを見て、自分の子供に対する躾について考えた親がどれほどいるのだろう。

 子供に何か問題があると、親として何をしてきたんだろうと考えもせず、何でもかんでも学校に責任を押し付ける。

 

 いじめについても同じことが言えるだろう。

 日々身の回りで起こる全ての事に対し、如何に考えどう対処するのか、子供に教えるのは親の責任じゃないのだろうか。

 政治家も教育委委員会も評論家もマスコミも、何の罪もなく自らの命を絶っていく子供たちを追い詰めたのは、学校にトイレの躾まで押し付けている、「無知な親達」なのだとどうして言わないんだろう。

 

投稿日 2006/11/15 コメント (2)トラックバック (0)

コメント

トラックバックありがとうございます。
お礼にやってまいりました♪
(^O^)/
そうですよ、やっぱ基本は「親」です!
学校はあくまでも「勉強する所」。保育所の延長で「躾」までまかせっきりの親が多いんだと思われます。
今の教師なんて、裏で何してるかわかんないし、任せたってダメですよね。 変に熱心だとロリコンだったりするし(怒)
また気晴らしにいらしてくださいね♪

投稿 こなつ2006/12/02 15:26

 

 

その通り!

投稿

 

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2006/11/15   jannmu
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