Something New

scale and ruler

大人の話として、あくまでも大人の話としてだが

自分の心の定規を表現することと

自分以外の単なる定規で表現することの違いを理解できないのは、犬の「お手」とか「チンチン」などの芸と同じで術にはならない

芸などは犬でも猫でもできる

芸術としてあることはどういうことなのだろうか

 

それは愛と憎しみという感情が同答で、しかし裏腹であり表裏一体のものであることを理解しなおかつ制御して、その内なる葛藤を表現として体内から汗の副産物として排泄するもの

そこに権威という衣は全く不要であり、しかし権威という衣は実力に伴って追いかけてくるものだが、振り払うことをづづける作家を芸術家というのだろう

権威にすがりつくことは、その芸術の終焉にほかならない

なぜなら芸術家の持つ術は、その個人にしかできないもののはずだから

つまり新しい価値観の創造だが、時代、100年、1世紀先を見据えてこそ

 

人がだれかを「殺してやりたい」と思うことを私は否定しない

殺意は恋と裏腹で、恋の対象には近づこうとするが殺意の対象からは遠ざかろうとする

移動の自由はそこにもあるべきだろう

 

 

 

 

2018/09/21   jannmu

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