Something New

ガイド

 飛行機を降りて空港のロビーに出るとガラス張りの壁に人々がまるでイモリのように張り付いてこちらを覗きこんでいた。

 

 その脇のENTERから出たとたん私のバゲッジを持とうと大勢寄ってくる。How many?交渉した。相場が全く分からないのに交渉するのは無意味というものだが200(ルピー)で落ち着いた。そしてようやく黒いタクシーに乗り込んだ。炎天下の日差しが容赦ない。

 

 コンノートプレイス手前の円形の交差点に信号はなく、自動車やリクシャーはぐるぐる回って行く手方向の分岐から交差点を離れていくのだった。コンノートプレイスのベンチに座り一息ついてそのあとのことを考えていると、誰かが肩を揉んでくれる。腕や足も揉んでくれようとする。別の男が白いスニーカーを磨き始めた。完全にまな板の鯉状態だった。一人につき1ずつ渡すことになる。なるほどこれがチップ文化というやつか。当時のレートで1ルピーは5円くらいだった。

 

 そこから歩いてメインのバザールへ向かった。カタコトの中学英語をフル活用した。人間必死になると忘れた言葉も思い出すものだと知った。まず初めに買ったのはペットボトルの水だが、さすがに六甲だの南アルプスだのはなく硬水系の多分フランスの水。まずい。

 

 

 ガイドと二人で二晩バスに揺られ北に向かう。彼らの家族がやっている湖に浮かぶボートハウスだった。

 

 トレッキングは自動車がチャーターされて途中のバザールで食料を調達した。彼らが買い出しをしている間に自動車を少し運転させてもらった。当時の日本車はパワーステアリングが当たり前であったが、この自動車は体全体に力を込めないとハンドルを切ることができない。これでガードレールのない細く舗装されていない山道をこれから昇っていくのだ。少年向け冒険映画が1本製作できるかもしれないスリル満点。

 

 生きた鶏の足を持ち逆さまにするとおとなしくなる。仮死状態というのだろうか。逆さまのままの状態で車に乗せた。数時間山道をくねくねと昇る。谷間からは見たことがない光景で、川の水は青く澄んでいてそのまま手ですくって飲める。河原に降りて昼食だった。

 トレッキングに慣れているんだろう、車のトランクから箱を出してきて広げると煮炊きする道具やら陶器の食器だのが出てくる。その場で鶏を調理してカレーを手食いする。これが驚くほど美味いのだ。

 

 小さな山小屋についたころには霧がかかって肌寒い。生まれて初めて寝袋を使ったが床は固く寒くて寝ることはできなかった。翌日、トレッキング用の靴を貸してくれたが私のスニーカーの方が適していたかもしれないと思うほどの靴だった。自分の靴を汚さないでいいというほどのものだ。

 

 少し歩いたところに馬が待っていた。ガイドが乗れという。馬子が手綱を持って暫く一緒にパカパカしていくと突然馬が猛烈なスピードで走り出した。振り落とされないように必死にしがみついていた。

2020/07/30   jannmu

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