Something New

自由と束縛

先日行った茅ヶ崎美術館の国領經郎の絵画展で見たもの、あれはいったいなん

だったのか。

 

点描の作風から変化していくさまと、彼の最晩年に描かれた作品が並ぶ一画は

全く別物に感じた。

 

その最晩年作品の一画に入った途端、妖気というか異様な雰囲気というか鬼気

迫る何かを作品が醸しているのだ。

 

戦争にも引っ張られ、試行錯誤して彼は彼のスタイルを確立したのだろうと思

うが、そして気づくと画壇の中央に立っていた。ときはまさしく高度成長期だ。

 

もしかしたらあの最晩年に描かれた作品群は、彼の懺悔や後悔そしてそれまで

の作品を殺そうとしたのではないのか。

私にはそんな風に思えた。

 

作り手の思惑に反して権威がまとわりつく。そのときにその権威を振り払うこ

とができるかどうかで評価は分かれる。

 

宮崎駿などは振り払うこともできずに死ぬんだろう。アニメという表現を全部

あるボトルネックを通して一緒くたにしてしまった権威に贖うこともできずに。

あのバブル世代の作家の罪は大きい。

 

 

画廊・ギャラリー・絵画館・美術館で手をアルコール消毒して、機械の画像に

体を写して体温を強制的に計られる。普通の感覚を持つものならば「何をする

コラ!」と大いに怒っていいのだが、しかしコロナウイルスが感染してはいけ

ないし、誰かに感染させてもいけない。体温が高ければ入場できないのだが、

体温が高いだけで感染しているとされることにも大いに疑問を持っている。

その後数日間自宅にいて、保健所に繋がるまで何度も連絡しそれでもすぐに検

査できるわけではないのが現状だ。

外国の空港では電子的に指紋を取られる。帰国した時も同様に取られる。

それは管理されるということで、体温であろうと網膜認証であろうと顔認証で

あろうと管理されることには変わりない。

 

表現する側が公的な施設で作品を展開するときに、自ら進んで、管理しようと

する側に忖度してそういった管理行為を何の考えもなしにするとしたら、これ

はもう表現の自由どころではない。

そのことに表現者が早く気づかないなら、いずれ横浜市営地下鉄車内にある、

あの小学生の描くポスター画と同じものを描かされ飯を食うことになるだろう。

 

つくづくつまらない世の中だと思う。

 

美術館からの帰りがけ、アパートへの上り坂から”かなとこ雲”という珍しい雲

を見た。

国領經郎の作品に出てくる女の頭に似ていると思った。

 

 

 

 

2020/09/01   jannmu
タグ: , 自然 , 遠足日記 , memo , SPACE

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