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新潟の大火で気づいたこと

 横浜に越してきてから6年目だが周囲の変貌ぶりは目まぐるしく落ち着かない。越してきたころの風景は大分変ってきている。

その中に一定の法則があるように思う。

土地分割。

 

 以前は庭のある一軒家だったものが分割され、三軒四軒の建売住宅や大小の集合住宅が建てられて、裏路地の人通りも年々歳々増えている。

建物、住宅の間隔が狭まって、人の間合いも同様に狭まっている。

丘を上る細い坂道のあちこちには、崩落危険区域という表示板が立てられている。

 

 近所の商店街はほとんどシャッターが下りてしまい住宅に建替えられている。商店街周辺の町医者と薬局と郵便局そしてコンビニだけに、客の人影が映っているようだ。

坂の路地はどちらも細く、大きな車両は入れない。ここで火災が起きた時にどうなるのだろう。風のないときでも、隣家に燃え移ることは間違いない。

 

 どこかが過密化するとどこかが過疎化するが、どちらにしても街並みや風景は不自然に変わっていく。

人の間合いが変われば人の心に影響を及ぼすが、目に映るのは空以外全て人工物ばかりで、平地で遠くを見通すことは不可能な街のつくりは、世界中の都市部で共通していることだろう。

物理的に近視眼的にならざるを得ない。

 昨日深夜には、隣家から笑い声がしばらく漏れ聞こえていた。

物理的な間合いが狭まれば狭まるほど、心の間合いは薄れていくように感じられる。同時に孤独が深まるのではないのだろうか。一人一台24時間、電話を携帯するのはその表れなのだろう。

 

 街の風景が変わっても、お役所システムは変わっていない。この時代に未だ残る”お上感(お上にお任せ感)”は、お上、町人双方の関係性を街並みという形式で表しているように思われる。

 

 

 

 

 

 

 

2017/01/01   jannmu

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