Something New

2017年7月

絵画とは

絵画とは

 

 

イメージをそのまま紙に映したものである。

脳内イメージをそのままコピーしたものである。

 

イメージとは、なんであれ五感をとおした経験を超えられない。

 

いま、炊き立ての飯粒を、ひとかたまり口内に放り込むと

飯の香ばしさと、かたまりの外側のごつごつ感と、温もりを

感ずる。

 

 例えばそのひとかたまりに舌先を挿入すると、これらの

感覚は、舌の三百六十度で脳内に吸収される。

舌の各部位には、苦味や甘味を感ずる味蕾がある。

 

 それら総合的快感を「美味い」と日本人は呼ぶ。

 

このイメージを視覚的に表したものが絵画の基本である。

 

 誰にも見えない、自分にも見えないが自分だけが感ずるものを

可視化したものが絵画の基本なのだ。

 

 この感覚を鈍麻させるのが「権威」である。

 「権威」をまとった絵画はもはや絵画とは言えない。

この「権威」を常時打ち壊す作業を日本語では芸術という。

芸術がいつも新鮮でなくてはならない理由である。

 

明治開国以来、日本の芸術が「普遍」と「本質」を失った理由である。

 

 

 

 

 

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2017/07/13   jannmu

500年後の いま

 そのとき新しいもの(some)を「いま(then)」を見て思考したひとがいた。

 あのとき「いま」を見て、変えようとした人々がいたことも既に知っている。

 

 資本主義とは突き詰めるところ、税を徴収する側と徴集される側の存在する社会構成を考えることが重要で、所有という価値観はさほど重要ではない。

 あるいは厳密な意味での所有の問題だろう。

 

 自動車を自動車税を支払う限りにおいて、それは所有といえるのかという問いがある。

 

 上記の意味合いで、この星を所有しようとする者がいるとして、彼のするべきは還元ではなく、やはり身にあった税の支払いだろう。

 公が徴収する税を租税といい、民間が徴収する税を広告費という。

 

 宗教も同様であり、広告(企業の広告費は公の税がかからないカネの循環)税を課すべきだろう。

 

町の名士は税を沢山支払うから名士だったと認め、過去形にする。

 

賽銭箱を無くすことと、そのずっと後、募金箱も無くすことだ。

その圧縮された部分に民主主義がある。

ここに仮に半世紀、残りも平行して核無き世界を目指すための税であり、そのことは国境なき”地産地消”。つまり戦争という膨大な無駄を省く合理性だろう。

 

 

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2017/05/15 02:02

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2017/07/07   jannmu
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