Something New

2018年07月

無題

命名するというある種の”限定”を否定するための無名や無題なら

それは作家の”逃げ”であるとは考えられまいか

 

聴衆により作られたイメージも同様だ

ある意味、聴衆の抱く”期待”でもあるだろう

 

「聴衆にそう見えるのなら、そうであり、それを決めるのは作者ではない」

 

しかし作品はたとへ誰の手に渡っても、作家のものであり作者の魂であり続ける

 

作品の衣装としての詩であるならば

着せ替えて”敢えて”期待を裏切るのも

千変万化の詩や写真に相応しいと考える

 

神であると同時に悪魔であり、それはそのまま人間の矛盾の

投影であり、そのことへの認知が普遍へと繋がる

 

 

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2018/07/25   jannmu

のみとり猫の生産性

家ネズミは人間がほとんど駆逐してしまったから

猫は本能を失ってしまった

猫がネズミを獲る習慣を奪ったのは人間だ

 

今度は自らのみとりをしてくれるといいななどと

驕った妄想をするのが人間だ

 

 

いま世界中で起こっている差別問題は

こういった「猫への新たな生産性を求める」ようなものなのだ

 

しかし差別という問題は、なにもいまに始まったことではない

だからこれからも時間をじっくりかけて継続して解決していくべきことだ

理屈で「差別はだめ」だと子供たちに教えたところで無駄だ

子供たちは子供たちだけの世界で遊びながら差別して差別されて

差別とは何かを身をもって学ぶものだ

そうして精神的にも肉体的にも、差別はいけないことだと学ぶ

 

子供たちだけで遊ぶ場所を大人たちはこれまで奪ってきた

遊ぶ場所は学ぶ場所でもあるが、大人たちは奪ってきた

そのことを何も反省せずにただ差別は駄目だと頭から教えようとしている

 

そうして育ち、理屈では駄目だといいながら実際に無意識に差別している大人がどれだけ多いことだろう

近くにある公園の掲示板に書かれている「子供たちへの禁止事項」を読んでも何も感じない大人たちが差別を語ることの愚かしさと矛盾を日々感ずる

 

この国に支配層など存在しないという子供じみた考えで、その支配層が一番隠したいことに煙幕を張るときに使う手法が、必ずと言っていいが差別的な発言や失言だ

そのことに気づかない大人もやはり間接的には彼ら支配層に協力している、させられている

差別の問題は誰も避けることができないが、そのことを逆手に取られているというわけだ

 

『おとなは、みんなうそつきだ!』

 

 

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2018/07/25   jannmu
タグ: , 自然 , 落書き , memo
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