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ねこ

A sense of incompatibility with the all peoples should have the a right to liberty and equality

今日現在で「天賦人権説」にはこうある

天賦人権説(てんぷじんけんせつ)とは、すべて人間は生まれながらに自由かつ平等で、幸福を追求する権利をもつという思想。西洋の自然権思想。

 

A sense of incompatibility with the all peoples should have the a right to liberty and equality

 

欧米の行き過ぎた個人主義に対する違和感を以前から持っている

それは上記の思想からくることにたったいま気づいたので忘れないうちに書いておこう

 

この思想が生まれたのは18世紀なので独裁者が許容されていた時代

独裁者と神が結託していた時代でもある

マルキドサド「悪徳の栄え」に詳しい

 

この人権に対する説を否定しないが、18世紀以降進化していない

思想が深まっていないのだ

 

個人が生まれながらに持つ権利はそれぞれに対等イコールであるが

個人が天(神)から与えられたその権利を主張し行使しようとすると

個人と個人の間に論争が巻き起こる

あるいはそれが束になったときに戦争が起きることになる

 

もう一歩進んでみると

個人が己以外の個人の人権をなによりも尊重することを全ての個人が自覚すること

これにより平等イコールを保つこととする

 

天(神)から与えられた権利ではなく、その個人が己以外の全ての個人に与えるものなのだ

とすると、初めて天(神)からではなく、人間同士で与え合うという考え方になるはずだ

 

これなら戦争は起きないように思う

欧米個人主義が行き過ぎた個人主義として、私個人が違和感を持つ理由の根源は

天賦人権説に対してであるようだ

あるいはこの説が3世紀ものあいだ進化していない事実に対してなのだろう

 

犬猫や猿も自己主張して己の権利(欲望)を守ろうとする

社会性を帯びた動物である人間が主張を通そうとすると集団的な争いになる

その根源的思想が天賦人権説にあるとすれば、戦争が終わらない理由がはっきりする

 

個人の人権を守り、且つ、争いを無くすには

個人が己以外の人々全ての人権を尊重することを第一義とすると

それはそのまま自分個人の権利が守られるという考え方に進化することになる

 

端的にいえば「愛には愛」ということになろうか

「武力」に対し「武力」で対抗する歴史に終止符をうつときだ

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018/05/30   jannmu
タグ:ねこ , 自然 , memo

お茶っ葉とスポットライト

信ずる者は救われるというのは本当だろうか。信ずるも信じないも信ずる者と信じない者の自由なのだが、信じようと信ずまいと一定の期間ののちに、信じたこと信じなかったことが本当にそうであったのか、これは信じられあるいは信じられなかった者ではなく、そのことを決めた本人が振り返り考えることであるはずだ。

 

なので、ここに書かれていることを信じようと信じまいと、読者の主体性に任せたい。

 

先日、1月8日の晩にこの映画を家で見た。

 

映画「SPOT LIGHT」

spotlight-3.jpg

 

アメリカの地方新聞社の中の小さなプロジェクトチームが、キリスト教会の牧師の不正とそれを隠ぺいする教会を暴くという映画だった。

モラルを説く教会が、とってもアンモラルであった。あるいは同性愛者に対する偏見なども並行して考えさせられる。

ここまでは映画の中のお話だ。

 

 

さて翌日、1月9日の山手の丘は、明け方ころから強風が吹いた。私はいつものように丘の尾根をランニングしていると、異様な光景を見ることになった。

 

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2018/01/15 14:16   撮影 by jannmu

 

どうも私は偶然に出くわすことが多い。

それはつまり偶然の重なりという偶然が、度々起こるということなのだ。

 

スポットライトというと10年くらい前に書いたものがある。

機会があれば合わせて紹介したいと思う。

お茶っ葉についてはそこで。

「出涸らし」

 

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2018/01/27   jannmu
タグ:ねこ
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