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自然

全ての根源

全ての根源 All sources

 

種子は全ての根源である

農は科学であり倫理でもある

農こそが、いわゆる神という価値観を生んだのだ

 

土と水そして空気を殺す行為を経済などとはいわない

 

農の劇的変化に気づかない

  土を知らない子供たちは、同時に戦争を知らない

 

黒い油の燃えカスで覆った大地に暮らす

いまや農は倫理無き、化学工業製造業に成り下がってしまった

 

農は自然との調和であり、人類そのものを表すものである

本来そこにあるべき自然に値をつけるのは誰なのか

自然が高価になるのは何故なのか

自然が高価になるという意味は何なのか

愚か者はそのことに思い至らない

 

これからようやく百姓の報われる世界になろうというときに

百姓が田畑を捨て、黒い油カスにすがっている

愚か者はそのことに気づかない

 

 

 

 

 

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2017/04/27   jannmu
タグ:自然

「相対性」と「絶対性」

相対性理論の特異点を解こうとしない学問

特異点は「仮定」でしかないが、理論のすべての土台がこの「特異点」から始まっている

つまり科学すべてが「仮定」でしかないことを何故誰も指摘しないのか

 

そこから派生する僅かな誤差が、偏りという格差につながっているのだろう

僅かな誤差の積み重ねや時間経過が、戦争を繰り返す原因とは考えられまいか

 

 

 

年老いたフラワーチャイルドは若者に何を残すのだろうか

 

 

 

 

 

 

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2016/06/21   jannmu
タグ:自然

アフリカの大地に住む人々を貧しくしたのはいったい誰なのか?

アフリカの大地に住む人々を貧しくしたのは誰なのか?

 

厳しい環境ではあれ、アフリカは豊かな大地だったはず。

 

そこに住み環境に順応して進化を遂げた住人が昔ながらの生活をする背景に、現代建築などが映りこむとなぜか貧しく見える。これは明らかにこちら側から見た価値観だ。

しかし現代建築やそれに伴う生活様式などが、かえって彼らを貧しくしたとは考えられないだろうか。

 

彼らの一部はアメリカに渡り奴隷にされたが、その子孫の魂に「彼方地平線に沈み入る大きな太陽」などの記憶が残っているだろうか。

 

人間は近代以前には戻れないだろう。

戻れないからこそ、立ち止まって考えることが必要だ。

戻れなくても、立ち止まって考えることはできる。

 

それが原住民サミットを所望している意味だ。

 

 

寒冷地や熱帯地など、極限の厳しい環境下で進化を遂げた原住民の知恵が、これからの世界を救うことになるだろう。

 

 

 

 

 

 

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2016/06/09   jannmu
タグ:自然

梅の木

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開け放した玄関から見た梅の木

 

歳が明けて最初に風景に彩を与える木である

梅の花が咲いてから梅雨の時期まで、枝に蓄えらえた恵みがこの写真に写っていない部分に連なっている

梅の花をついばむ小鳥もいた

この木は小鳥たちの安らぎの止まり木である。

 

この木のすぐ脇では、山手の丘が樹木とともに十スーメートル切り崩されてしまっている

 

 

多様化する生物は、多様化する以前のSomethingを大切に共有して暮らしている

このことに人間は気づかなければいけない

 

 

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2016/05/30   jannmu
タグ:自然

自然と一体

自然と一体

今日は5時間くらいチャリンコで走ってきた。

歩くこと、ランニングで汗をかくこと、そしてチャリンコで遠出をすること。

これで高かった血圧が下がり、薬を飲んでいない。

 

横浜から鎌倉に向かって走っていった。

歩いたり走ったりするのとは違い、チャリンコで走るとまた別の世界が見えてくるものだ。

横浜や関内周辺はレンタルのチャリなんかも整備されていて、それなりにチャリ走行環境が整っている。

少し遠出をするとまだまだ走り辛い。

片側1車線のトンネルなんかを通過する際にはとんでもなく危険が伴っている。

事故の危険ばかりでなく、耳をつんざくような騒音や濃度の高い排ガスなど。

排ガスに関しては、普段薄まった排ガスを吸い続けていることを改めて感ずることができる。

 

20年前から既に排ガスに有害物質を含まない燃料があるというのに、遅々として進まない排ガス行政や市民感覚に疑問を持つ。小金持ち風に限って、ロートルポンコツ車を自慢げに乗っている。感覚的に田舎者なのだろう。

 

とある小高い場所に古民家や畑、公園があった。そこでしばらく休憩を取った。

野鳥が囀り、草花が優しい風にそよぎ、蝶々や蜜蜂が舞っている。

騒音や排ガスから隔絶されている場所だ。

そこでは自然との一体感を覚える。

人は自然と一体なのだと感ずる。

自然なしでは人は生きることができないことを感ずるのだ。

この感覚を失いたくないと思った。

そこには竹炭を焼く窯が置いてあって、出番まで静かに昼寝をしているようだった。

 

考えてみれば、地下資源に日々の暮らしの殆どを頼り切っている人間の生活は、それ自体が自然環境破壊に直結していることは言うまでもないだろう。

化石燃料からの脱却は人類の至上命題と既になっていることを改めて自覚した。

久々に清々しい深呼吸をして帰路についた。

丘公園からの尾根伝いの道はこの季節、花の甘い香りに満ちている。

深夜に散歩すると、少し湿った軟らかい甘さが心をくすぐるが、エンジン音がその心地よさをかき消して、そのあと残るものは肺を突き刺すようなヒリヒリとしたものだ。

 

丘から見下ろす景色は、暗くない夜を映している。

昼間でもなく夜でもない空間は異様で無意味な光の空間だ。

星々の姿を覆い隠し、感覚を麻痺させる空閑だ。

 

 

 

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2016/04/27   jannmu
タグ:自然
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