Something New

落書き

Gram cuty 夜夢

 

 

 

日の当たらない

ずっと湿った時間を過ごす地帯に

カーテンの隙間から射し込む

半月の、それでも眩しい夜の光に

微かに香る風と水の匂い

 

潤んだ瞳

生まれたばかりの人の声

 

波のざわめきとともに

ゆっくりと激しく

優しく強く、そして痛痒い

 

余韻を内包する生命体

 

星は煌めいて一瞬に

流れる、動き、たち停まる

 

そのときに

記憶の断片がメクルメク

 

そのすべてが夜の猫科の

心を弛緩した目に映っている

 

 

 

 

 

 

 

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2020/12/06   jannmu

いまさらの話

流行とかトレンドってなんだろうか。

 

      DSC_1910.jpg

 

そういうものが大体20年周期でぐるぐる回ると言われていたけど

いまは10年、下手すりゃ3年くらいでまたやってくる感がある。

 

還暦も近くなる歳だと、20年周期だとしてもそれを数回経験して

いて、それが次々に出現する現象を目撃してきたわけだ。

 

トラッドとかトラディショナルというのも流行した。矛盾している

もののようだが。

 

 

近代化して都市化して人が大勢集まったり、TVやネットで価値観

同一化がなされる世界では、それい以前までは自然に発生していた

流行というのが意図的に仕掛けられることになる。

 

今年流行した靴や鞄は、昨年(前シーズン)にもうすでに用意され

ている。

それを継続させると、段々安かろう悪かろうの世界になってくる。

大量生産大量消費は安かろう悪かろうに段々なってくる。

 

 

しかし残るものもある。

残るということは数年であれ、その時間の洗礼を受け、淘汰され

消えるものがあり忘れ去り、極少数が残るのだ。

 

それを洗練されるとか、垢ぬけるというんだと思う。

 

今年これこれこういった材料が余ったし残ってるから、この材料で

作ったものを内緒で来年流行させようという考え方を、株や穀物

相場などの「先物買い」という。

 

 

未だ種も植えていない、その農地がそのときどうなっているかも

わからない。そういう中で、先物という相場が動くのだ。

 

デザインやアートでもそういった含みがある。

音楽でも演劇でもファッションでも娯楽でも何でもそうである。

 

 

しかしそれでも残るものは残るのだ。

 

 

ただし、そういったものは必ず権威性を帯びる。そういう帯びて

しまった権威性を作家自ら蹴とばして歩かなければならない。

 

普遍(性)というのはそういう状態だと思う。

 

それをJAZZ的に文章でやるのは兆戦のし甲斐があるというものだ。

 

 

 

 

 

 

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            蝉は毎年のようで実は7年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020/09/05   jannmu

フラバ オチン

雪女は母でありこれまで私が経験した女性の総称なのかもしれない

 

 

振らば落ちん

 

 

 

 

 

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2020/08/22   jannmu
タグ: , 自然 , 落書き , memo , 愛の詩 , SPACE

A rare JOKER.

 

 

 

 

 

古き良き時代などない

古き良き過去など幻想だ

 

 

 

憎しみの引き金が知らなかった過去を押し出して

怒りに火を灯けても

 

 

古き良き過去などどこにもない

 

 

カネと嫉妬のカタログ

カネと欲望のモンタージュ

それが古き良き過去の正体だ

 

 

愛を商品化した世界に

憎しみを大量生産した世界に

 

          未来などない

 

 

2020   7/7  21:50

 

 

 

アメリカの正義は戦争である

アメリカの不正義は黒人差別である

が、全員戦地に赴き他国人を殺戮し

武勲を称え愛国者と呼ばれることを愛国者だと勘違いしている

 

正義も不正義も、善も悪も

ウォール街で造られていた

 

 

ウォール街にはもうすでに善悪は存在しない

 

そもそもウォール街で造られていたものは場所ではない

 

 

 

 

銃を作っていた者が

核という大量破壊兵器の思想の生みの親である

 

子と親は同時に誕生すると以前書いた

 

 

 

 

未来を古き良き過去にしたいなら

現在の古き良き過去とやらから

銃の歴史がなかったら

私はそう創造する

 

 

アメリカは銃がないとなにも解決できない国である

アメリカ映画もまたしかりだ

 

 

銃、兵器がなければ金融秩序も変わる

古き良き時代は初めから間違っている

 

 

事の始まりが”トリガー”であることが

まさにアメリカらしいJOKERだ

 

私のトリガーは掃除を隅々までした後に

風呂に入ってからの単なるスイッチであった

 

 

~ゴミ屋敷やゴミの国の人々に捧ぐ~

 

 

 

 

 

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2020/07/08   jannmu

憎しみと怒りの違い

憂いは心の影

孤独は単なる羽織

 

憎しみは愛の裏返し

怒りは理不尽への闘いの表明

 

 

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2020/07/06   jannmu
タグ: , 自然 , 落書き , 愛の詩

Our planet

この地球という星は僕らを乗せていったいどこへ進んでいくんだろう

僕らをどこに連れていくんだろう

 

そう考えていたけど

 

僕はいったいどこへ行きたいんだろう

多くの僕のことを ”僕ら” と書くけれど

僕ら一人一人はそれぞれ違うけど

僕らの総意がこの地球という星の行き先をきめてゆく

 

こう考えてみると

 

僕らという総意の中にいる個人としての僕にも

きっと何かができるはずだと思うんだ

総意は実は誰にもわからないものだけど

 

だからもっといろんなことを知りたいと思うんだ

知らないことばかり、知らないことのほうが多いんだし

 

でもたったひとつ知りたくないことがある

さよなら」の意味

 

 

ビートルズのLET IT BEを受け身の ”なすがままに” と聴いていたけれど

僕の(正しいと)”思うがままに”、と聴きなおしてみようと思うんだ

 

 

 

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2019/12/12   jannmu
タグ: , 自然 , 落書き , memo , 愛の詩 , SPACE

音の墓場と匂いの修羅場

ピコピコとブルブルとプンプンがブンブンするソース

 

ブレインストーム 劇場公開日 1984年4月14日

人の頭の中を覗くことができる装置

https://eiga.com/movie/49003/review/

 

マトリックス  1999年9月11日 日本公開

3作目のクライマックスは、如何にもキリスト教的なサクリファイス

https://ciatr.jp/topics/47252

 

フェノミナン  製作年:1996年

https://mihocinema.com/phenomenon-34258

 

主人公を取り巻く人間模様

 

 

 

これらの映画を見て暗鬱たる気持ちになり、雨の中霞が関から川崎まで歩いて帰ったあの時の思いが蘇る。

フェノミナンのエンディングに流れるクランプトンの「Change the world」だけが救いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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2019/11/27   jannmu
タグ:自然 , 落書き , memo , SPACE

狼と少年

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*昭和39~42年ころ 川崎市労働会館

 

「ヤバイずらかれー!」

 

「・・・」一瞬の沈黙。

本番数日前の幼稚園でのリハーサルのとき思いきり大声で叫び倒した。

父親がその前夜、晩酌のときに冗談で言ったこのセリフを本気で叫ぶと、

集まっていた親たちは”ドン引き”するのであった。幼稚園の保母さん

(当時は保育士とはいわなかった)たちも顔の表情をこわばらせた。

 

幼稚園の問題児。

 

本当のセリフは

「たいへんだ!狼だ!、みんな逃げろ!」だったと思う。

 

狼が村を襲いにくることを事前に察知した少年が、村人にその危険を大声で教え

るのだが狼はやってこず、その度に少年は「嘘つき小僧」と言われ、村人にこっ

ぴどい目にあわされるのだった。

 

そして村人が「嘘つき小僧」の言葉に耳を傾けなくなったときに、本当に狼が襲ってくる。

そんな物語だった。

 

しかし何故、リハーサルで父の冗談を真に受けたのか覚えてはいない。

が、推測するに父親っ子であったこと、狼役の衣装である耳と尻尾を母親たちが

作る際に、私の自宅に集合して皆で裁縫しているのを見て、そっちの衣装がいい

とダダを捏ねた覚えがある。

 

その時に両親は私に、どうしてもチョンチョコリンのヘアスタイルで絣(かすり)の

着物の衣装を着せたくて仕方がなく、私に無条件降伏したのであった。

 

そして私が出した条件とは、学芸会が終わったらその足ですぐにさいか屋に言って

当時欲しくて仕方がなかったおもちゃのレーシングカーセットを買うということ

だった。

 

さいか屋というのは当時川崎の駅前にあったデパートで、母親の買い物に付き合い

ながらお子様ランチを食べる以前に、既に抜け目なく物色してあった幼稚園児とい

うのは賢い。

 

どうしても欲しかったのだ。

 

両親はその条件を受け入れたわけなので、私は父が冗談でいったであろう「ヤバ

イずらかれー!」を約束通りに履行したわけだ。

 

学芸会会場からさいか屋は歩いてもいける距離。

劇が終わった瞬間に、もう私の心はレーシングカーのもとへ飛んでいたことは

言うまでもない。

 

 

 

 

村人のうた:

たーいへんだー おーかみだー

そーれいけウンパッパッ そーれいけウンパッパッ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

かえるがなくから かーえろかえろ

 

たーいへんだー おーかみだー

そーれいけウンパッパッ そーれいけウンパッパッ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

かえるがなくから かーえろかえろ

 

(私のセリフは多分これを数回だけだったと思う。)

「たいへんだー!

        おおかみだー!!!」

 

 

村人には村八分、狼にもいじめられる少年の物語でもある。

 

 

 

 

日本にとりアジアにとり世界の労働者にとり、ここでいう「狼」とはなんであるの

か。

言わずもがなである。

 

アベ自公政治などという小さな対象ではないとだけ断っておきたい。

 

出涸らし

 

段取り

 

 

 

 

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2018/06/09   jannmu
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