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憎しみと怒りの違い

憂いは心の影

孤独は単なる羽織

 

憎しみは愛の裏返し

怒りは理不尽への闘いの表明

 

 

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2020/07/06   jannmu
タグ: , 自然 , 落書き , 愛の詩

うっかりするとちゃっかり損する

 


 

帰りは会社員下校の時間になるので、電車で行くのをやめて自転車で小杉まで行ってきた。

この冬はそういえばどこへも自転車では遠出していないので、ももや脛の筋肉が随分と鈍っていることもそれこそ体感できた。

途中腹が減って元住吉商店街に入った。人はまばらだった。

あれこれ迷う間、匂っていた。

「この匂いはいったいだんだろう・・・」しばらく考えていた。

 

小中学生だったころよく遊んだ宮内の交差点の角にあったラーメン屋は、開店前の時間に辺り一帯にこれと同じ匂いを漂わせていたのを思い出した。

ラーメン屋は多いけれど、豚骨スープを自前で煮出すラーメン屋はそれほど多くないようだ。

工場で大量に作るスープをラーメン屋が使っているとすると、味自慢なんてことにはならないだろうしそのことはラーメンチェーン店へ僕が入らない大きな理由のひとつでもある。

 

ラーメンの麺を茹でたりスープを煮出したりするのは大概ガスコンロなのも忘れてはいけない。あれをHIでやられたひにゃ旨いものでも不味くなる。料理というのはそういうものだと思うのだ。

 

バレなければいいと法律を守らずにいて、バレたら開き直る昨今の日本人には、マナーを向上させるなどできるわけがなく、しかし情報はいまや一瞬にして世界を回りマナーすらエゲツナイ人は相手にされなくなる時代だ。

しかし自家製手作りと謳いながら工場で大量に作るスープを使うラーメン屋があるとすれば、上記の法律とマナーの関係性のようになるだろう。もちろん受け手の無知の問題も大いにあるのだが。

 

そんなわけで、今日は起き抜けからラーメンを食った。

スーパーで売っている大量生産3食入りスープ付きのラーメンだけど、野菜とダシ程度に少しの肉を炒めて醤油あんかけにして麺に乗せた。

これが旨い。

大きな鍋でたっぷり湯を沸かして麺を茹でるのが美味しいのだが、独り者はそうはいかない。小さな鍋で麺を茹でると、吹きこぼれることがある。そこで目を離さずに火力の調整をする。ガスに限る。

 

ラーメン屋のガスコンロは大概着火専用のライターを使っているようだ。

着火専用のガスライターでガスコンロに着火するという、うっかりするとちゃっかり損するような矛盾をここに発見し、それならば電子が飛ぶ部分だけを着火ノズルの先に取り付けるというような基本的発想が実は新たな何かの始まりになるような予感がするのだった。

 

 

 

綱島街道に出ると、新聞の折り込みチラシだろうかレジ袋であろうか、ひっきりなしの自動車に舞い上げられ空高く浮遊していて地面には降りてこない。目には見えないが他にもこのように浮遊している物質は多いのだろう。

生きる基本である食を支えるのが農業だが、農業と畜業は一対だったはずだしそうあるべきだ。

この生命の営みの基本を分断してしまった結果、固く黒い地面と空に浮遊するレジ袋という奇怪な風景を生みそれに人々が慣れきってしまっているというのが悲劇なのだと思う。

 

 

片道2時間、少しの合間の往復約4時間。

ずっと。

自転車のサドルとおちんちんの付け根の辺りが擦れ過ぎて痛い。ちゃりで遠出するといつも痛くなる。

 

「ガラパンのお股の部分の縫い目が駄目なんだが、ブリーフの縫い目を見てもあるいは女性もののパンツというかショーツもそうなんだろうか。デリケートゾーンをカバーするのだから女性ものの下着にはそういう思想が反映されているかもしれん。

行ってみよっと・・・」

 

かえって来たら暮れかかった空、細い上弦の月の隣に金星が輝いていた。

あの金星の位置はまるで僕の頬のほくろみたいだ。

そして空全体の色合いが、とんでもなく美しい。

endorphin

ナチュラル・ハイをアスリートだけが理解する。

 

 

 

 

 

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2020/02/28   jannmu
タグ:自然 , 遠足日記 , memo , SPACE

Our planet

この地球という星は僕らを乗せていったいどこへ進んでいくんだろう

僕らをどこに連れていくんだろう

 

そう考えていたけど

 

僕はいったいどこへ行きたいんだろう

多くの僕のことを ”僕ら” と書くけれど

僕ら一人一人はそれぞれ違うけど

僕らの総意がこの地球という星の行き先をきめてゆく

 

こう考えてみると

 

僕らという総意の中にいる個人としての僕にも

きっと何かができるはずだと思うんだ

総意は実は誰にもわからないものだけど

 

だからもっといろんなことを知りたいと思うんだ

知らないことばかり、知らないことのほうが多いんだし

 

でもたったひとつ知りたくないことがある

さよなら」の意味

 

 

ビートルズのLET IT BEを受け身の ”なすがままに” と聴いていたけれど

僕の(正しいと)”思うがままに”、と聴きなおしてみようと思うんだ

 

 

 

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2019/12/12   jannmu
タグ: , 自然 , 落書き , memo , 愛の詩 , SPACE

西村氏論考 

 

西村氏3月論考

新「社会経済実態と消費」第19回20.10「安倍政権って何だったのか?」.pdf

 

 

新「社会経済実態と消費」第12回19.03沖縄人の心の揺らぎ③【歴史修正主義が大きな役割㊤】

19.03.pdf

 

西村氏12月論考

新「社会経済実態と消費」第9回19.12 「リーマン・ショックから10年」③ 【資本制システムの必然】

nishimura19.12.pdf

 

西村論考1月

新「社会経済実態と消費」第22回21.01『「コザ暴動」50周年と「本土復帰」(上)』.pdf

 

新「社会経済実態と消費」第23回21.02『「コザ暴動」50周年と「本土復帰」(下)』

◎新「社会経済実態と消費」第23回21.02『「コザ暴動」50周年と「本土復帰」(下)』.pdf

 

 

 

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2019/12/03   jannmu
タグ:SPACE

音の墓場と匂いの修羅場

ピコピコとブルブルとプンプンがブンブンするソース

 

ブレインストーム 劇場公開日 1984年4月14日

人の頭の中を覗くことができる装置

https://eiga.com/movie/49003/review/

 

マトリックス  1999年9月11日 日本公開

3作目のクライマックスは、如何にもキリスト教的なサクリファイス

https://ciatr.jp/topics/47252

 

フェノミナン  製作年:1996年

https://mihocinema.com/phenomenon-34258

 

主人公を取り巻く人間模様

 

 

 

これらの映画を見て暗鬱たる気持ちになり、雨の中霞が関から川崎まで歩いて帰ったあの時の思いが蘇る。

フェノミナンのエンディングに流れるクランプトンの「Change the world」だけが救いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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2019/11/27   jannmu
タグ:自然 , 落書き , memo , SPACE

フェクダとアリオトのあいだ

 夜の散歩に出た。

 

 一週間前に押し入れにしまったストーブを、その後続いた雨と強めの風のためにまた引っ張り出した。そして今日は湿った部屋の窓を開け放し、ずいぶんと晴れた風を引き入れた。洗濯をして布団を干して、掃除をして買い物をして一日が暮れた。

 

 夜半の狭い坂道には甘い香りが漂っている。湿度が心地よく街路灯に邪魔されながらも星は輝いている。

 街路灯の直接光をさけ比較的暗闇に望んだ夜空に大熊座が見えた。瞬間、流れ星が走って消えた。天頂付近で流れ星を見るのは初めてだった。

 

 宇宙との一体感と神秘的で不可解な人生を受け入れることと

 政治や宗教を含めたいわば通俗的な物事を知り、それこそ「知見」を広めることは相反することだろうか。という内なる疑問に対する答えを見たような気がする。

 

 あるいは物質がなんらかの結合故の、生命の誕生以来の記憶や潜在意識との”意識的な疎通”が、私には無意識にできるという、これも神秘主義的だが私の経験としての自信につながるものだと確信するに至る。接見できうるあらゆる動植物と疎通が取れるという、他者には理解できぬ感覚を持つものとして。

 

 

 ここのところ自分の叫び声に脅かされて目を覚ましてしまうことが多くある。

 叫びの相手は内なる憎しみなのだと理解するが、寝ているときに見る夢には私とて無力だ。しかしそれは潜在意識との遭遇なのだから、記憶し理由をさぐれば、それはつまり宇宙との一体感ということだが、そこに神や仏、キリストやアラーましてや天皇などいるはずもない。

 

記憶というのは記憶であり、潜在意識というのも記憶である。

会ったことも触れたことも話したこともない相手が記憶として潜在化することはない。

 

私は無神論者だが、なにかに依存する人間という動物は何らかの依存先が必要で、つまり神というのは己自身の心の中にあると以前書いたことがある。まさにその答え合わせが、フェクダとアリオトのあいだに一瞬光って消えた。

 

2019  5/5 22:30 ころの天頂を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019/05/05   jannmu
タグ:自然 , memo , SPACE

『テレビ報道の深刻な事態』

 

『テレビ報道の深刻な事態』.pdf

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2019/03/26   jannmu
タグ:memo

狼と少年

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*昭和39~42年ころ 川崎市労働会館

 

「ヤバイずらかれー!」

 

「・・・」一瞬の沈黙。

本番数日前の幼稚園でのリハーサルのとき思いきり大声で叫び倒した。

父親がその前夜、晩酌のときに冗談で言ったこのセリフを本気で叫ぶと、

集まっていた親たちは”ドン引き”するのであった。幼稚園の保母さん

(当時は保育士とはいわなかった)たちも顔の表情をこわばらせた。

 

幼稚園の問題児。

 

本当のセリフは

「たいへんだ!狼だ!、みんな逃げろ!」だったと思う。

 

狼が村を襲いにくることを事前に察知した少年が、村人にその危険を大声で教え

るのだが狼はやってこず、その度に少年は「嘘つき小僧」と言われ、村人にこっ

ぴどい目にあわされるのだった。

 

そして村人が「嘘つき小僧」の言葉に耳を傾けなくなったときに、本当に狼が襲ってくる。

そんな物語だった。

 

しかし何故、リハーサルで父の冗談を真に受けたのか覚えてはいない。

が、推測するに父親っ子であったこと、狼役の衣装である耳と尻尾を母親たちが

作る際に、私の自宅に集合して皆で裁縫しているのを見て、そっちの衣装がいい

とダダを捏ねた覚えがある。

 

その時に両親は私に、どうしてもチョンチョコリンのヘアスタイルで絣(かすり)の

着物の衣装を着せたくて仕方がなく、私に無条件降伏したのであった。

 

そして私が出した条件とは、学芸会が終わったらその足ですぐにさいか屋に言って

当時欲しくて仕方がなかったおもちゃのレーシングカーセットを買うということ

だった。

 

さいか屋というのは当時川崎の駅前にあったデパートで、母親の買い物に付き合い

ながらお子様ランチを食べる以前に、既に抜け目なく物色してあった幼稚園児とい

うのは賢い。

 

どうしても欲しかったのだ。

 

両親はその条件を受け入れたわけなので、私は父が冗談でいったであろう「ヤバ

イずらかれー!」を約束通りに履行したわけだ。

 

学芸会会場からさいか屋は歩いてもいける距離。

劇が終わった瞬間に、もう私の心はレーシングカーのもとへ飛んでいたことは

言うまでもない。

 

 

 

 

村人のうた:

たーいへんだー おーかみだー

そーれいけウンパッパッ そーれいけウンパッパッ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

かえるがなくから かーえろかえろ

 

たーいへんだー おーかみだー

そーれいけウンパッパッ そーれいけウンパッパッ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

なーんだおーかみ いないぞいないぞ

かえるがなくから かーえろかえろ

 

(私のセリフは多分これを数回だけだったと思う。)

「たいへんだー!

        おおかみだー!!!」

 

 

村人には村八分、狼にもいじめられる少年の物語でもある。

 

 

 

 

日本にとりアジアにとり世界の労働者にとり、ここでいう「狼」とはなんであるの

か。

言わずもがなである。

 

アベ自公政治などという小さな対象ではないとだけ断っておきたい。

 

出涸らし

 

段取り

 

 

 

 

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2018/06/09   jannmu

暗くない夜

 

光と影は影と光


影は光の所有物ではなく、影として独立している


影は光の所有物ではなく、光の存在証明なのだ

 

光は影がないと存在できない


影は光を必ずしも必要としてはいない

 

暗闇は影の集合体


光はそこに存在しない


人は暗闇を忌み嫌う
暗闇では何も見えないという

 

人が視覚ばかりに頼っているから
暗くない夜が人を狂わせている

暗くない夜は人の想像力を退化させた
退化するベクトルに人を向かわせたのは光の幻影

暗闇こそが空なのだ

 

 

 

 

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2018/01/25   jannmu
タグ: , 自然 , memo , 愛の詩 , SPACE

アクチノイド

2018/01/10   jannmu
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