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狼と少年

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*昭和39~42年ころ 川崎市労働会館

 

「ヤバイずらかれ!」

本番数日前の幼稚園でのリハーサルのとき、父親が前夜に冗談で言ったのであろう

このセリフを本気で叫ぶと、集まっていた大人たちは”ドン引き”するのであった。

 

台本のセリフは

「たいへんだ!狼だ!、みんな逃げろ!」だったと思う。

狼が村を襲いにくることを事前に察知した少年が、村人にその危険を大声で教え

るのだが狼はやってこず、その度に少年は「嘘つき小僧」と言われ、村人にこっ

ぴどい目にあうのだった。

 

そして村人が少年の言葉に耳を傾けなくなったときに、本当に狼が襲ってくる。

そんな物語だったと記憶している。

 

しかし何故、リハーサルで父の冗談を真に受けたのか覚えてはいない。

が、推測するに父親っ子であったこと、狼役の衣装である耳と尻尾を母親たちが

作る際に、私の自宅に集合して皆で裁縫しているのを見て、そっちの衣装がいい

とダダを捏ねた覚えがある。

その時に両親は、どうしてもチョンチョコリンで絣の着物を着せたくて仕方がな

く、私の条件に無条件降伏したのであった。

 

私が出したその条件とは、学芸会が終わったらその足ですぐにさいか屋に言って

当時欲しくて仕方がなかったおもちゃのレーシングカーセットを買うということ

なのだった。

両親はその条件を受け入れたわけなので、私は父が冗談でいったであろう「ヤバ

イずらかれ!」を約束通りに履行したわけだ。

 

日本にとりアジアにとり世界の労働者にとり、ここでいう「狼」とはなんであるの

か。

言わずもがなである。

 

アベ自公政治などという小さな対象ではないとだけ断っておきたい。

 

出涸らし

 

段取り

 

たーいへんだおーかみだー

そーれいけウンパッパ そーれいけウンパッパ

なーんだおおかみいないぞいないぞ

なーんだおおかみいないぞいないぞ

かえるがなくからかーえろかえろ

「たいへんだー!おおかみだー!」

 

村人には村八分、狼にもいじめられる少年の物語でもある。

 

 

 

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2018/06/09   jannmu
タグ:落書き , memo

A sense of incompatibility with the all peoples should have the a right to liberty and equality

今日現在で「天賦人権説」にはこうある

天賦人権説(てんぷじんけんせつ)とは、すべて人間は生まれながらに自由かつ平等で、幸福を追求する権利をもつという思想。西洋の自然権思想。

 

A sense of incompatibility with the all peoples should have the a right to liberty and equality

 

欧米の行き過ぎた個人主義に対する違和感を以前から持っている

それは上記の思想からくることにたったいま気づいたので忘れないうちに書いておこう

 

この思想が生まれたのは18世紀なので独裁者が許容されていた時代

独裁者と神が結託していた時代でもある

マルキドサド「悪徳の栄え」に詳しい

 

この人権に対する説を否定しないが、18世紀以降進化していない

思想が深まっていないのだ

 

個人が生まれながらに持つ権利はそれぞれに対等イコールであるが

個人が天(神)から与えられたその権利を主張し行使しようとすると

個人と個人の間に論争が巻き起こる

あるいはそれが束になったときに戦争が起きることになる

 

もう一歩進んでみると

個人が己以外の個人の人権をなによりも尊重することを全ての個人が自覚すること

これにより平等イコールを保つこととする

 

天(神)から与えられた権利ではなく、その個人が己以外の全ての個人に与えるものなのだ

とすると、初めて天(神)からではなく、人間同士で与え合うという考え方になるはずだ

 

これなら戦争は起きないように思う

欧米個人主義が行き過ぎた個人主義として、私個人が違和感を持つ理由の根源は

天賦人権説に対してであるようだ

あるいはこの説が3世紀ものあいだ進化していない事実に対してなのだろう

 

犬猫や猿も自己主張して己の権利(欲望)を守ろうとする

社会性を帯びた動物である人間が主張を通そうとすると集団的な争いになる

その根源的思想が天賦人権説にあるとすれば、戦争が終わらない理由がはっきりする

 

個人の人権を守り、且つ、争いを無くすには

個人が己以外の人々全ての人権を尊重することを第一義とすると

それはそのまま自分個人の権利が守られるという考え方に進化することになる

 

端的にいえば「愛には愛」ということになろうか

「武力」に対し「武力」で対抗する歴史に終止符をうつときだ

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018/05/30   jannmu
タグ:ねこ , 自然 , memo

表層 Outer Layer

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横浜・野毛山の切り通しの表層の変化が見て取れる

 

横浜のいたるところに「発祥の地」という石碑や看板があるけれど、当時の方が

こういったことに対する真摯さがあったように思う

 

これがハイテク土木文化日本行政の表層と重なって見えるのだ

 

地層は数百年、数千年、数万年を表すけれど

表層というのは極最近を表している

地面の表層はもっと酷いことになっているが、みなさんきづいているだろうか

 

 

 

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2018/05/30   jannmu
タグ:自然 , memo

Possibility of digital art

先日横浜市民ギャラリーで見たデジタルアートに少々違和感を持った

その違和感について、ここ数日間考えていた

 

ここ数年、毎日なにかしらの発見というか気づきがあることに気づく

身体の成長は止まっても、脳はいくらでも発達する

いや、そもそも人間は大脳皮質をほんの数パーセントしか活用できてはいないのだ

 

その違和感とは、気持ち悪さというかシュールというか、どういう言葉が

適格なのかは分からないが、兎にも角にもキモチガワルイのだ

 

それでは数週間前に見た、池田龍雄の言うグロテスクと思われるような

表現との違いとはいったい何なのか

 

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結局のところ、デジタルアートはシュールしかできない性質を持っている

だから中途半端なシュールをやると勘違いの元になるように思うのだ

この意味をデジタル造作で育った若者たちが理解できることを願うばかりだ

 

 

市民ギャラリーにはほかに重要な展示があった

 

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アーティストの最も重要な役割がここにあるように思う

 

 

 

 

 

 

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2018/05/29   jannmu
タグ:自然 , memo

Lip service

政治家、閣僚がマスコミ(スポンサー)に向け「リップサービス」する時代

「風が吹くと桶屋が儲かる」を

「桶屋を儲けさせる」ために敢えて風を吹かせる政治

情報の受け手がこの「リップサービス」に騙されるのが大衆迎合政治

大衆が政治に迎合してしまうこと

ポピュリズム政治というのはそういう大衆と呼ばれる人々に疑似餌をぶら下げるようなもの

1人1台情報通信手段を持ち歩く時代にあって、「受け手として」を学ばないと独裁を招くことになる

 

上記のマスコミはスポンサーを地方財界とするなら地方紙や地方TV局であるし

スポンサーを中央財界とするなら大手新聞社と大手TV局だ。

それらスポンサーの広告で維持しているのがマスコミで、それらスポンサーの利益を代表しているのが

この国の政治だが、それらスポンサーは欧米投資家に株式で支配されてしまっている

つまりこの国の政治は欧米投資家の為の政治なのだ

 

 

文字を読まずに垂れ流しのTV映像だけ見ている人間は馬鹿扱いされる。(文字を読めない人を差別するものではない。読めるのに読まないの意)

 

People watching only TV footage of dripping flowing without reading foolish characters.

 

 

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2018/05/23   jannmu
タグ:memo

遠出  going afar

横須賀には核燃料加工工場がある。選挙区は神奈川11区。

自民党独裁区だ。

 

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一見すると普通の工場だが・・・

 

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なにやら「ニュークリア・フュエル」の看板。

 

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測定器だろうか?

 

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核燃料は非金属には違いないが・・・

3・11前にこの会社が起こした事故について国に対して情報開示を求めた。後、原子力安全保安院は

現在の規制委に看板を挿げ替えた。

https://blog.goo.ne.jp/jannmu/c/d2800b1dc5a8a76f7de5b084079d5aa8

 

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横須賀の隣、三浦半島の先の方から見えた景色。

 

1時間の休憩を挟んで、約11時間の自転車での遠出だった。

 

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2018/05/22   jannmu

河津桜50年

ひとの理解を超えた自然の秩序は「無常」だ

畏敬と畏怖を含んだ”癒し”は「秩序」だ

 

寿命50年といわれる河津桜

50年後の桜に人が集うのは、植樹した先人の先見もさることながら

桜の樹の力による

 

造成され開発された土地に流れる人工河川の両岸に

一列に咲く桜が果たして本来の”美”であるのか

”癒し”足りえるのか

 

それはいま、桜を見て感ずる人々が50年後のビジョンを持っているかにかかっている

 

 

 

 

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2018/04/04   jannmu
タグ:自然

沸点と句読点

水の星であるから、水から生まれたのだから

沸騰までの時間と

煮詰める時間

そこに生と死が凝縮される

 

侘びしさを科学では表現できない

淋しいとか虚しいとかそういった言葉で包囲すると見えてくる

日本語文学が生きる為の感性と想像力とを科学が育てればいい

 

句読点は沸点に達するまでの茹で蕎麦で言う指し水のように

あるいは、やらずにぼったくる娼婦のように

しかしその句読点を打つ間合いそのものが癖になるような

個性を持ったリズム

 

 

 

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2018/03/22   jannmu
タグ: , 愛の詩

分断 Division

ひとの集まりを分断するものはなにか?

それはなぜなのか?

 

政府は特定の行為に限り認め補助し集団を作る

そのこと自体が分断化でもある

 

個人の行為は認めず個人の社会貢献は補助しない

 

政府の意図をもって分断できないのは個人のみである

私の感覚で人権とはこのことであり、権力は人権を

極小化しつつ、権力の意図に沿う行為により人を集め

補助を出し拡大し、結果、個人が消滅し、全体主義に

”あたかも”個人の意思として関わるシステムを採用し

ている

 

A sense of incompatibility with the all peoples should have the a right to liberty and equality

 

最たるものが中央官僚である

洗脳を付された優秀さが、腐敗や不正に対しての免疫を無効にしている

洗脳された役人には言葉が通じない

 

 

「無意識に訴える体制・権力からの情報に対する拒否反応に

付随する孤独感を、権力が集約するシステム」

「その極致が”テロ”行為である」

 

 

 

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2018/02/22   jannmu
タグ: , 自然 , memo

「支配層というもの」

「支配層というもの」


近代に世界がなるための原動力となった市民革命や産業革命などよりもっと以前から支配層という層が存在する。

彼ら支配層がこれまでどうして支配層であり続けられたのか。
そう考えると謎は解ける。

 

死後のことを考えているかどうか。


そして多くの一般の人々には、天国とか地獄などの死後の世界を宗教によって与えることが、つまり支配層が存続するための仕掛けシステムなのだ。

 

彼らのためになることをすると、あなたは死後に天国へ行くことができ、そうでない場合あなたは地獄に堕ちると幼いころから脳みそに刷り込まれている。

そしてそれが多くの一般市民に死後のことを考えさせないようにしている。


例えばユダヤ人差別問題というのは、

 

現在のアメリカやイスラエルに顕著に見えるように、弾圧や刷り込み教育される多くのユダヤ人と、弾圧したり刷り込んだりする側の極一部のユダヤ人がいるように、永久非差別意識を人類の脳裏に埋め込むことで、永久保存される差別意識、そして反差別運動が起きることで、現在では彼らの得意とする株価が乱高下する。

 

空売りできるのだから、穏やかな波よりも乱高下する波が彼らにとり望ましい。
その乱高下を効率よく作り出すのが戦争で、その費用は王族が負担していたが、いつの間にか市民が負担することになり、しかし支配層は現に存続しているというわけだ。


このことはパレスチナ人弾圧をイスラエルがやっていることや、韓国にも北朝鮮にも
中国にもどこの国にでも排他的な考え方、つまり差別があることを認めなければなら
ないが、その差別意識や被差別意識は一体どこから自分の記憶に埋め込まれているの
かを考えなくてはならない。

韓国や中国ではつい最近まで、何かあると日本国旗を燃やすというデモ行為がなされ

てきたが、無くなった。それはどうしてなのかを考えれば、情報の壁崩壊にほかなら

ない。

在日朝鮮人は、日本で差別され祖国でも差別されるいわゆるパンチョッパリだが、彼ら

に一体なんの罪があるというのだろうか。

 

 

こういった記憶が残っている原因とは一体なにかまで突き止めることができるなら、

その過程自体が、差別を無くす内なる旅となるだろう。

 

 

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2018/01/30   jannmu
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